2025年09月20日

聞き書きの中の方言について

ここ3回は「戦争の記憶をつなぐ」として、過去作品中の戦争について紹介させていただいた。今回は聞き書きの中で使う方言について考えてみたい。

私は高知に住んでいる。語り手の皆さんも高知の方だ。高齢の方が多く、話し言葉に方言はよく出てくる。馴染みのない人には意味がとりにくい場合もあろうが、私は独特のリズムのある元気な土佐弁が大好きだ。聞き書きの中でも、その人ならではの語り口調とともに土佐弁を大切にしたいとの思いがある。

しかし、Ryoma21のききがきすとは、私の外は皆さん首都圏の人である。私の作品を編集チェックしてくださる方から意味を問われたり、もっとわかりやすくと訂正を求められることもあり、方言を正確にわかりやすく読み手に伝える工夫が必要となる。

私の過去作品の中の方言を拾ってみると、
〇方言をそのまま文中に使っているもの
・今みたいな結婚式もせんかったねぇ。寄りおうただけ。そうして一緒になりました。
 「はるかなる人に」
・これが昭和46年に高知でしたときのがじゃね。ここへ写っちゅう人も、もうみんなぁ、おらんなってしもうた。
 「遠い昭和の日々を辿る」
〇方言の意味を( )書きしたもの
・主人は、なかなかのりこもん(土佐の方言で利口者)でしたよ。
「遠く懐かしい、あの日を想う」
・こんまい(小さい)手でほんに器用に編んだって、目を細めて話してくれました。
「義母の想いをつなぐ〜昭和のあの日の我が家のこと〜」
〇最終頁の〈参照〉に説明を入れたもの
・まったく子やらい(〇頁※2参照)はしないで、女中さんとかいましたよ。
・子どもの僕らが野球をするのにぼっちり(〇頁※5参照)でね。
 最終頁  〈参  照〉 
 ※2 子やらい:子どもの養育の意。
 ※5 ぼっちり:土佐弁で、ちょうど、過不足がないの意。

改めて、耳慣れない土佐弁に戸惑ったり、説明書きを煩わしく思う方がいらっしゃるのではと思う。今後さらに、方言使用の場合の課題整理の必要性を感じる。例えば、参照での説明は読み手には煩雑であろう。短い説明の場合は、やはり( )書きにするなど工夫の余地があろう。

今期放映中のNHKの連続ドラマ「あんぱん」の中で土佐弁が好評だと聞き、なんとも嬉しい。
私の聞き書きの中でも、高知の言葉、土佐弁を元気に発信していきたいと思う。

ほいたらね。

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ドラマ「あんぱん」でお馴染みのシーソー。
この場面での崇とのぶの土佐弁もよかった。
毎朝の楽しみであったのに、今月末で終わってしまうのが、残念。

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2025年08月17日

戦後80年に戦争の記憶をつなぐ〜ミンダナオ島での戦争体験〜

終戦から80年が経ち、もはや太平洋戦争を肌感覚で知る人は僅かとなった。今年の戦没者追悼式でも天皇陛下はお言葉で「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」との新たな一節を加え「将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを願う」と続けられている。また、八月になり毎日のように先の大戦を経験した人の記事が新聞に載るが、その中に「歴史を伝えていかなければ」との語り手の言葉があり、改めて、戦争は今や語り継ぐべき歴史、私たちが忘れてはならない歴史になったのだと思う。

私の聞き書きは、高知県東部にある北川村の遺族会館で年若き多くの英霊のお写真を目にし、この人たちの声を聴きたいとの思いから始まった。北川村での聞き書きは遺族のご家族からのものがほとんどとなったが、お一人だけ、ご自身の戦争体験を語ってくださった方がいた。

それが、坂本武一さんであった。20歳で入営し平壌での訓練を経てフィリピンへ。ミンダナオ島での討伐の日々や、終戦後のレイテ島での捕虜生活などを詳しくお話しくださり、戦死された友人や知人などに関する話も聴かせていただいた。辛い思い出も多く、長い話になった。坂本さんは当時92歳とご高齢であったが、しっかり詳細まで記憶されており、語り口調も実に確かであったのを覚えている。

私が聞き書きでお会いした皆さんのお話には、戦争のことが必ず含まれている。この貴重な記憶を広く長く継承し、平和への礎としていくことが、求められていると感じる一方で、そのための一歩を自分が踏み出せてないことに忸怩たる思いもある。坂本さんの聞き書き作品「遠い昭和の日々を辿る」を読み返し、聞き書きの今後を再考したいと思う。また、一緒に一人でも多くの方にこの作品を読んでいただき、平和への祈りをつなぎたいと心から願っている。

遠い昭和の日々を辿る〜語り手 坂本武一さん(北川村)〜

   坂本.jpg


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2025年07月06日

戦後80年に戦争の記憶をつなぐ〜高知大空襲〜

前回ここに書いたように私のこれまでの聞き書き作品は戦争の記憶を伝えるものでもあります。今回は、このブログに掲載している私の作品の中から、太平洋戦争末期の7月4日、高知市上空に125機のB29が飛来し、18万発の焼夷弾が街を焼き尽くし、少なくても市民456人が犠牲になった高知大空襲について記述のある次の3作品を紹介します。

高知の街をハイカラに生きる〜語り手 鈴木章弘さん(高知市)〜   章弘さんは高知市の中心街、新京橋で写真館を営む家の「ぼん」として生まれ、何不自由なく育ちましたが、高知大空襲で住まいも店もすべて焼かれ、おじい様を亡くされています。また、その年の春に入学したばかりの土佐中学校の校舎も焼け、終戦後は大嶋校長のもとで校舎の再建に向け生徒も一緒に材木を運ぶなどともに働いたことを詳細に語ってくださいました。

遠く懐かしい、あの日を想う〜語り手 和田敏子さん(土佐町)〜   敏子さんは昭和20年に土佐町の保健婦になり、空襲後の高知市に救護班として入ったときのことを鮮明に覚えていて話してくださいました。

つなぐ日々を生きる    〜語り手 西内末子さん(高知市)〜   高知市吉野で子供時代を過ごした末子さんには、家のすぐ近くに落とされた大型爆弾や鷲尾山にB29が墜落した日の記憶があります。また、高知大空襲で被害にあった知り合いに父親が炊き出しを届けに出たこと、戦後の学校の様子なども詳しく聴かせてくださっています。

80年前の7月4日、人々が火災の熱さから逃れようと飛び込んだ鏡川。その河畔の大原町の、空襲の犠牲者を仮埋葬したという場所に高知市平和祈念の碑が建てられています。今年も、74日には平和祈念の碑に遺族らが黙とうをささげ、祈念の碑に献花したと新聞記事が伝え、遺族の証言も載せられていました。証言者は空襲で母と妹を亡くし、60歳を過ぎて「ようやく人に話せるようになった」と話されています。

私を含めて戦争を知らない者が大半となった今の時代、戦前、戦中、戦後を生き抜いてこられた語り手の聞き書き作品は、戦争の記憶を伝える証言としても貴重だと思います。改めて多くの方に読んでいただく工夫を考えたいものです。

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2025年06月02日

戦争の記憶をつなぐ〜戦後80年、聞き書きの役割を思う〜

戦後80年の今年、戦争体験の新聞記事が目に立つ。その中に、カンヌ国際映画祭に出された「遠い山なみの光」(石川慶監督)の原作者であるカズオ・イシグロ氏が共同通信のインタビューに応えたものがあった。作品の主な舞台は終戦間もない長崎であり、氏は幼少期まで過ごした故郷の記憶を残したかったと語っている。

原爆により焦土と化した長崎の記憶を人はどのように記憶し、また忘れ去るのか。母親が被爆者でもある氏は、戦争、特に核戦争の脅威が再び高まっているとの懸念を示し、「戦争や原爆を体験した人がどんどん亡くなっていることに危機感を抱いている。戦争を直接体験していないが親から話を聞いてきたわれわれの世代が若い人に伝える責任を担わなければならない」と語っている。

イシグロ氏と同世代である私は、この記事に改めて私自分の、また、聞き書きの『戦争の記憶』についての役割を考えさせられた。私は北川村の遺族会館を訪れ、そこに掲げられた多くの英霊の写真を拝見する機会を得た。その時の『この年若くして亡くなった人たちの声を聞きたい』との思いが消えず、10年後退職してから聞き書きを始めた。それから、また10余年が経つ。

当時すでに北川村で戦争体験を持つ人は少なく、かろうじてお一人からフィリピンでの戦争のことを、数人の遺族から戦死された夫や父親の思い出を聴かせていただいた。北川村以降は戦争に拘らず聞き書きを続けてきたが、これまで出会った語り手はみな私より10歳以上年上だったこともあり、胸の奥のそれぞれの戦争の記憶や思いを聴かせてくださった。

どの話にも戦争のもたらす苦痛に満ちた記憶がつまっており、それは遠い国のことではなく、私のすぐ傍らで生きてきた人たちの、またその家族の物語であった。今、世界は分断の様相を呈していることを思えば、この物語が明日は私の、あなたのものになるかもしれない。その懸念がぬぐえない現在、私はこれまでの聞き書き作品を戦争の記憶継承という目で捉え直し、このブログに書いてみようと思う。今年も終戦記念日の暑い夏が来る。

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この季節、高知のいたるところでドクダミの花を見かけるが、この八重の花は珍しい

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2025年04月17日

やなせ先生の『よろこばせごっこ』と『ききがき』

朝のNHK連ドラ「あんぱん」が、この春から始まった。高知県出身の漫画家やなせたかし先生ご夫妻の物語で、高知に住む私は朝の2度観が習慣になっている。実は、私には、やなせ先生についてとっておきの思い出がある。

  県の歯科保健の担当だった頃だから、とーんと昔の話だ。子どもたちの歯科予防について歯科衛生士さんらと話し合った。「子どもたちを惹きつけるキャラクターが欲しいね」と声があがると、「高知県にはアンパンマンのやなせ先生がおる!!」と盛り上がった。唐突な話は尻つぼみとなったものの、諦めきれない。

 香北町のアンパンマンミュージアムの館長さんにお願いして、東京のやなせスタジオの連絡先を教えてもらい、FAXした。「具体の計画も予算もない。でも、子どもたちに歯の大切さを伝えたい。歯のキャラクターをお願いできませんか」と。翌朝、出勤すると、FAXが届いていた。かわいいキャラクターが3人笑っていて、気に入ったのを使って良いと先生のメッセージが添えられている。どの子もかわいい。歯の3兄弟にすると、すぐ返信した。それは、私の職業人生の中で一番嬉しかった瞬間だ。

  アンパンマンを大好きだった私は、やなせ先生の大ファンになった。先生には「人生はよろこばせごっこ」という言葉がある。一番うれしいことはなんだろうと考え続け、「人をよろこばせること」だと思うようになったとおっしゃっている。だから、先生は人を喜ばせ続け、高知の子どもたちを、私をも・・あんなに喜ばせてくださったのだと思っている。『よろこばせごっこ』というからは、それは『お互いによろこばせる』ことだ。人を喜ばせる、その人から伝わってくる喜びをしっかり受け取り、それがまた嬉しいのだと思う。先生の心にはアンパンマンが飛ぶ大きな青空がある。先生は、その空に『よろこばせごっこ』の輪、人と人をつなぐ大きな輪をつくった。

  私の『よろこばせごっこ』・・・、それは『ききがき』だ。語り手との間には、聞いてもらう喜びが、聞かせてもらう喜びがある。双方の嬉しい気持ちが「ありがとう」の交換になる。やなせ先生の大きな『よろこばせごっこ』の輪に、私も『ききがき』で多くの人とつながりたいと夢を膨らませている。

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 アンパンマンミュージアムにて(R.6年6月)

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2025年03月13日

作品の訂正について

 昨年このブログに掲載いたしました「つなぐ日々を生きる」に誤りがあると、語り手の西内末子さんからご連絡をいただきました。西内さんの友人で『声と展示の図書館』の朗読ボランティアをなさっている方が、この冊子の朗読に取り組まれる中で、次の2つの間違いに気づいてくださったものです。

 一つは、小見出し「小学校入学が社会進出の日」の中にありました。小学一年生の折の教室の場所の説明部分に『戦前は敷島紡績やったところが、今は高知国際高校になってますがね』としていましたが、敷島紡績ではなく正しくは郡是製糸であるとの指摘でした。

 もう1点は、参照の「※1 辻売り」の説明の中の『仮親になってもらうというというもの』は、『いうもの』とした方が適切とのことでした。

 ともにご指摘のとおりであり、当ブログの作品を訂正いたしましたので、ここで報告させていただきます。私どもの聞き書きは、語り手のお話のとおり書き起こし作品に仕上げていきます。作品は語り手のものとの考えが基本です。しかし、作品は残ります。歴史的な事実については間違いのないように一定の調査をすることも大切にしています。今回、『敷島紡績』と誤ったのは、ききがきすとの私の思い込みから調査し確認する一手間を怠ったからです。これからは、この反省を生かし、精進してまいります。

 しかし、今回のことは、録音図書のことを知る素晴らしい機会ともなりました。録音の際には大きな意味を持つことになる漢字の読みや行間のとり方など、これまで以上に考えを巡らせたいと思っています。

 読書が困難な方々にも西内さんの「つなぐ日々を生きる」が届けられると思うと、朗読ボランティアのご友人に感謝せずにいられません。
 また、西内さんの『つなぐ思い』が、さらにたくさんの人たちをつなぎ、つながることを心から願っています。

 高知城梅の段の枝垂れ梅(R7年3月上旬) 高知城梅.jpg

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2025年02月08日

人生を語るということ〜聞き書きの魅力〜

高知県内の介護施設と聞き書きを通じたご縁をがあり、デイサービスの利用者さんのお話をオンラインで聴かせていただいています。1回が30分と短い時間ではありますが、自分より少しばかり年上の方のお話には、いつも「あぁ、そうなんですね」と発見あり、納得ありの連続です。素敵なお話の具体は、残念ながら守秘義務上できませんが、それは私の宝物になっています。

『ききがきすと』としての聞き書きも高齢者の方が多く、3時間足らずのお話の中に語り手の人生がぎゅっと詰まっている、そんな実感があります。一方で、デイの利用者さんのお話は、時間が短く、私からの問いかけも全く違うので、遠い日の記憶のかけらを拾い上げて話してくださっているように感じます。その時になにを見てなにをしたのか、どう感じたのか考えたのか、一つひとつ拾い上げて話してくださる。言葉を探しながら私に伝えてくださる。私はそれを、紛れもない、その方の人生の一部であるとして、深く受け止めています。

人はそれぞれの物語を生きています。この広い世の中に私の物語を生きているのは私だけ。あなたの物語を生きているのは、あなただけです。当たり前のことですが、聞き書きを通して、その当たり前のことに大きな感動をもらいます。

聞き書きすることで、語り手は越し方を振り返り、やはり自分には大事なことだったと認識を深めることもあるし、小さな忘れ物を見つけることもあるかもしれません。聞き書きには、いろんな形があるし、あっていい。

今年も、素敵な語り手に出会い、聞き書きの様々な可能性を探りたいと願っています。

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2025年01月06日

ワクワクドキドキのききがきを!!

明けまして、おめでとうございます。

昨年の後半はブログをお休みしてしまいました。

言い訳にはなりませんが、夫が帯状疱疹で入院。半年経ちなんとか通常の生活に戻ったものの、今も痛みや痺れが残り、服薬はまだ続いています。

夫の病に伴走しながら自らの老いや病を実感することも多く、ややもすると暗くなりがちだった暮のある日、ききがきの語り手だった方から嬉しいお知らせがありました。冊子を読んだご友人が、様々な場所での読み聞かせに使かってくださっているとのこと。

そうそう、そうでした。ききがきには、まず出会いの喜びが。そして、語り手と聴き手が共感でつながり、「聞いてくれて、ありがとう」「話してくれて、ありがとう」「読んでくれて、ありがとう」と、感謝の連鎖も生まれます。読み聞かせの人と人とにも、この共感と感謝の連鎖ができたようで、私の固く重くなっていた心にワクワクドキドキが溢れました。

「ききがき」が楽しい、もっともっと楽しもう・・・そんな思いでいっぱいになったんです。

今年のききがきの目標は、冊子づくりはもちろん、仲間づくりも楽しみながら進めること。

ききがきの会のブログもワクワクドキドキしながら楽しく続けます。


最後に、帯状疱疹について一言。高齢者の帯状疱疹は特に重症化しやすいので、ワクチンも、罹った場合の受診も、是非、早めに!!

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2024年05月20日

「語ってくれて、ありがとう」「聴いてくれて、ありがとう」       〜聞き書きは、ありがとうの交換〜

この春に語り手と出会い、久しぶりの聞き書きに取り組んでいます。同じ高知の女性であり、4〜5歳時の戦争の思い出から始まり、台風災害に翻弄された若い時期、姑の終いまでの長い年月、その後の夫の看取りへと続くお話でした。

でも、人生の苦労話ではないんです。人とのつながりが縦糸、農家の仕事が横糸のしっかりした布の上に鮮やかに織り込まれた二つとない人の生き様です。今、私は、冊子づくりへの作業途上ですが、この聞き書きとの出会いが何とも嬉しくて、感謝しかない思いです。

高知新聞の閑人調というコラムに、「やなせさん」という標題で、「アンパンマン」の作者であるやなせたかしさんのエピソードが紹介されていました。やなせさんは「人間が一番うれしいことは何だろう?」と長い間考え続けて、「人は人を喜ばせることが一番うれしい」との答えを見つけたと書かれていました。

私たち『ききがきすと』も、聞き書きで人を喜ばせたい。聴き手の私たちには「語ってくれて、ありがとう」、語り手には「聴いてくれて、ありがとう」と、お互いに『嬉しい、ありがたい』という気持ちの交換となるものでありたいと思っています。今回の聞き書きでも、私は、至福の時をいただいています。次は私が、冊子づくりで語り手に喜んでもらう番です。

このブログへも早ければ来月末頃、新たな聞き書き作品として掲載する予定です。
「読んでくれて、ありがとう」「伝えてくれて、ありがとう」の交換が、ここでもできるようになるのが、次の目標です。

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2024年04月11日

山の春に思う 〜桜のこと、聞き書きのこと〜

語る人と聞く人がいて、聞き書きになる。
高知県東部の北川村の遺族會舘に掲げられた英霊の遺影、その声を聴きたいという私の願いが、聞き書きの形で叶った。
もう10年余も前のこととなる。語り手は、英霊となった方々のご親族であり、川島博孝さんは、その中のお一人だ。

そのご縁で、川島さんの山の桜の木植樹に参加したことがある。
「もう花が咲きゆうで」と連絡をいただき、先日、久しぶりに北川村へ出かけた。
桜山に案内してもらうと、あったぁ、私の桜の木!!
私の下手な字で、『いつの日にか桜の名所に 川島公園💛』と表に、裏に『平成27年3月21日 TSURUOKA』と書いたタグの付いた桜の木!!
見上げるほど立派に育った私の桜、花も咲いている!!感無量!!

桜を植える人がいて、見る人がいる。時が経ち、誰が植えたとも知らず、この桜を見る人がいる。きっと、いる。
聞き書きは、誰とも知らぬ人に、伝わり、つながる。時や空間を超えて、伝わり、つながる。そう願っている。

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2024年01月31日

ききがき冊子のミニミニ展示会・・その続報                   〜ききがきという贈り物〜

昨年秋のキルトとききがき冊子の展示会・・、その続報です。
会場で冊子を読みたいとおっしゃってくださった方がおいでました。
その方は、キルトづくりの友人のご近所さんで、しかも、私たち二人の高校の先輩。

素敵な出会いとなり、その場で冊子をお貸ししました。
後日、ご丁寧な読書感想をいただいくとともに、1冊の本をご紹介いただきました。

その方が同和地区の市民会館に勤められていた時、「今聞き取っておかないと聞きそびれる」との思いにかられ、その後、館事業として職員の皆さんとともに高齢者お一人おひとりのお話を聞き取り、集作成された本。 一気に読みました。

地域の歴史をベースに置きながらも、そこで暮らしてきた人々の息遣いまで聞こえてくるよう。生活の中の喜怒哀楽が語られています。読み書きから遠ざけられていた方々も暮らす地域でのかつての日々が、こうして私たちの貴重な財産として遺されたことをつくづくありがたく感じました。

読み終えて、聞き書きの持つ大きな可能性を再認識し、聞き書きで拡がる人の輪もまた、その魅力だと大いに感謝したことでした。

Ryoma21の聞き書きの生みの親である松本すみ子さんが急逝されて、はや二年になります。私が松本さん主宰の「ききがきすと養成講座」を受講して十年余りですが、聞き書きは、私の生活の一部となり、語り手との出会い、読んでくださる方々との出会いが、私の人生の彩となっています。

聞き書きというこの松本さんからの贈り物を、これからもっとたくさんの方々に届けたいとの思いで、新Ryoma21の「ききがきの会」を船出しました。

今はまだ、その具体策を模索する旅の途中ですが、途中ならではの思いを折に触れて、このコーナーでお届けできたらと考えています。


次回は、私がオンライン聞き書きをさせていただいている介護施設のことにも触れ、介護の現場での聞き書きのことなどご紹介できたらと思っています。

posted by ききがきすと at 10:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年10月02日

ききがき冊子の展示 in 高知 〜知ってください「ききがき」のこと〜

素敵なキルトを作り続けている友人がいます。
彼女の初めての展示会に相乗りする形で、こちらも初めてのききがき冊子の展示をしました。

今年は私が高知でたった一人の「ききがきすと」として活動を始めて、ちょうど10年の節目。
一年に1〜2冊のペースで作ってきた冊子も、12冊になりました。
首都圏で活動している仲間の冊子や、「ききがきすと」グループによる『あの日を忘れない 東日本大震災を語る』の宮城編、岩手編の2冊とともに、読んでいただけるように小さなテーブルに並べて、『ききがきコーナー』のでき上りです。

  冊子展示3.jpg


9月30日(土)と10月1日(日)の2日だけ、会場は高知市、JR入明駅近くのイベント会場です。
手づくりのチラシと友人知人の口コミだけが頼りというミニミニ展示会で、どれだけの人がいらっしゃってくださるか不安でしたが、当日は暑い中でも人が途切れることなく、楽しい時間を過ごすことができました。

もちろん、華やかなキルトが来場者の関心の的ですが、ききがきにも興味を持ってコーナーに寄ってくださる方には、ききがきの説明等のチラシもお渡しして、私がききがきを始めるきっかけとなった北川村遺族会館のことや高知県市合同図書館『オーテピア』での私の冊子貸出の紹介もさせていただきました。ききがきを知っていれば、亡くなられたお母様の話を聞くことができたかもと話してくださった方もおいでました。

冊子展示1.jpg  冊子展示2.jpg

小さなききがきの活動も継続することで大きな力につながるということ、また、ききがきを知っていただく、冊子を読んでいただくことが、大切な一歩であるということを認識した2日間となりました。展示会に手助けくださった方、ご来場いただいた方、本当にありがとうございました。
                 (ききがきすと🄬 鶴岡香代)

posted by ききがきすと at 12:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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