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2014年07月12日

岩手県宮古市田老で被災者の方々からお話を聞いてきました

7月6日と7日、東日本大震災の被災者の方々のお話を伺うために、岩手県宮古市田老地区に行ってきました。一昨年に宮城県に行き、聴き取りの集大成として「あの日を忘れない 東日本大震災の記録〜宮城県編」を作成しましたが、その第2弾です。参加者はききがきすと5名に、サポート参加1名。お二人がはるばる高知からの参加でした。

◆目の前に広がる田老の現実

1.jpg6日は、東北新幹線・盛岡駅で山田線に乗りかえ、終点宮古まで。そこで三陸鉄道北リアス線に乗り換えて、田老まで約5時間。長旅でしたが、メンバーは全員女性のせいか、話も弾み、あっという間に田老着。

田老駅には、今回の聞き書きの語り手を手配してくださったNPO法人立ち上がるぞ!宮古市田老」の理事長・大棒さんと理事の新屋さんが迎えてくださいました。

3.JPG一行がまず向かったのは、万里の長城とも言われた防潮堤。明治時代と昭和に2度も大きな津波に襲われ、それを教訓として10メートルを超す万全な防潮堤を造ったはずなのに、今回の津波はそれも軽々と越え、180名以上の死者を出してしまったのです。まだ残っている部分に上がり、見渡せば、ここはずっと住宅が並んでいたといわれても、想像するころができません。震災前と今の写真を比較して、やっと理解できたというところ。

 
◆津波のビデオを見る

次は、4階まで津波が押し寄せたという「たろう観光ホテル」へ。震災遺構として残すことを国が決定しました。以前は、この6階で、迫りくる津波を撮ったビデオを見せてくれたのですが、今は入ることができません。その代り、そばに専用の建物があり、申し込めば見せてくれます。私たちはビデオを見た後、社長の松本さんのお話を聞かせていただきました。

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さて、いよいよ本番の聴き取りです。6名は3班に分かれて、それぞれの担当する語り手の方のところに向かいました。津波で流された家の2階にいたまま、田老湾を一周した人、避難所に迫る火災を必死で消化した人など、大変な思いをされた方ばかりでした。

5.jpg1日目の聞き取りが終了した後は、私たちの宿泊先である「グリーンピア田老」のレストランで、大棒さんを交えての懇親会。話題は自然に先ほど聴き取りりした話のことに。お互いが聞いた話で心に残ったことなどを話し合いました。とはいえ、海の幸盛りだくさんのメニューに加えて、適度にお酒も入り、いつもの陽気なメンバーの顔になっていました。

翌日は、やはり3班に分かれて、2回目の聴き取り。足が悪くて逃げ遅れたものの危うく助かった女性、勤務中に流され、枝につかまって救出された現職消防官など、九死に一生を得たというお話をお聞きしました。仮設住宅の集会室をお借りして、お話をお聞きしたのですが、こここは東日本大震災では最大の仮設住宅だそうです。近くには「たろちゃんハウス」という仮説商店街もあります。やはり津波で店舗を流された方々が集まって、経営しています。

◆観光もグルメもしなくちゃね!

終了後は、大坊さんと新屋さんに、田老の隣の摂待駅まで送ってただき、再び北リアス線に乗って、久慈を目指したのでした。一行は聴き取りが終わった安心感もあり、しばし「あまちゃん」の舞台・久慈で大いに楽しもうという魂胆。壊滅的な被害に遭った鳥越、田野畑などの駅舎もすでにきれいに再建されています。しかし、その周りはまだまだ多くが工事中でした。運転手さんが要所要所で電車を止めて、あまちゃんで使われたホームはこの駅などの案内をしてくれます。ちょっとだけ体験なんでしょうか、途中から乗ってきて、途中で降りていく団体ツアーも見受けられました。

7.jpg久慈に到着。まずは「あまちゃん」で夏ばっぱが売っていた「うに弁」にヒントになったというお弁当をゲット。さっそく、駅の休憩所兼食堂でかぶりついたのでした。さて、次は小袖海岸へ。ちょうどいいバスがないので、タクシーで向かいます。海に沿って走る道路はまさにリアス式海岸の様相。晴れていたら、さぞかし勇壮な景色と思われますが、残念ながら、霧で近くの岩しか見えません。

小袖海岸には「北限の海女」と言われる人たちがいます。そこでは素潜りを実演して見せてくれます。私たちのための潜ってくれた海女さんは67歳とのことでしたが、「今日これでもう4回も潜るるんだよ」と話してくれました。何度も潜り、取ってきたのはウニはもちろんナマコも。その場で、取ったばかりのウニを開いて食べさせてくれます。こんな新鮮なウニは初めて、トロッとした口当たりに磯の香、ウニがあまり得意ではないとういうメンバーも、その美味しさに認識を新たにしていました。そして、山ほどのウニが具として入っている「イチゴ汁」も堪能。1年分のウニを食べたような気がします。

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駅に戻る途中、道の駅でお買い物。高知から参加したメンバーは、宅配便で送りこんでいました。駅までの途中に、グルメ商店街があったので、これも「あまちゃん」で有名になった「まめぶ汁」を最後のご賞味。これで目的はすべて達成されました!

久慈から東京までやはり5時間。新幹線では疲れで爆睡かと思われましたが、なんと、おしゃべりをしていたら、いつのまにか盛岡を過ぎ、仙台を通り越し、大宮・東京はあっという間でした。少しも疲労感を感じなかったのは、私だけでしょうか。

ともあれ、田老の皆様、大変お世話になりました。これから、お聞きしたお話のまとめに入ります。「ききがきすと」のメンバーはこれからが大変ですが、貴重なお話を大事に大事にまとめあげ、多くの皆さんに読んでもらえるようにしたいと思います。完成しましたら、ご報告します。乞う、ご期待です!

posted by ききがきすと at 17:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災聞き書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする